紫陽花には雨がお似合いです(奈良矢田寺)

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関西も梅雨入りです(涙)

で、梅雨の雨と言えば、紫陽花です。奈良の紫陽花なら、矢田寺です(笑)ちょっと早いかもと思いつつ、行って来ました。

色んな色合いの紫陽花が咲き始めていました、見頃はこれからですね。

場所的にちょっと不便ですが、奈良の紫陽花では、ここが最も有名です!

何か、南の海では台風の卵が、、、ご注意くださいね。梅雨時の楽しみって、紫陽花くらいかなあ(笑)

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百万遍知恩寺、吉田神社、、、

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今日も、梅雨入り前に駆け足で京都。

百万遍(ひゃくまんべん)、、、これ、京都市左京区の地名です。京都大学があります。変わった地名ですが、浄土宗の7本山の一つ知恩寺(ちおんじ)の別称でもあるみたい。念仏100万回称えることから由来した地名とも。また。知恩寺8世善阿が流行病をなおすため日間 100万遍の念仏を称え,効験があったので後醍醐天皇から百万遍の寺号と 1080珠の大念珠を賜ったことから、知恩寺では,衆僧,信徒が集って,弥陀の名号を称えながら大数珠を 100回繰回す仏事が行われ,これも百万遍という。

最近では、なんせ京都大学の立て看板の撤去問題が話題になりましたね。

京都新聞記事 → 立て看撤去の京大に皮肉看板 「こざっぱりとしてはる。」

http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20180514000082

今も、少しありました(笑) ま、これはこれで名物だと思うのですが(笑)

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【知恩寺】

平安時代前期に円仁が創建したものと伝えられる。賀茂社(上賀茂、下賀茂神社)との関わりが深く、円仁作とされる釈迦如来像を安置したことから今出川釈迦堂、などとも称された。

浄土宗の開祖法然は度々この地を訪れていた。法然入滅後、弟子の勢観房源智は賀茂の河原屋をついで、功徳院神宮堂とし、法然の御影を安置して、法然を開山第一世とした。念仏の道場とし、伽藍を整備し、如空のとき功徳院知恩寺と称した。1331年(元弘元年)第8世善阿空円のとき、京都に疫病が蔓延し、後醍醐天皇の勅により空円が念仏百万遍を行い疫病を治めたことから「百万遍」の号が下賜されたとされる。

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   君が代に出てくるさざれ石、、、とか


【吉田神社】

京都大学の東側にこんもりとした山があります。吉田山と呼ぶそうです。御祭神は奈良の春日大社と同じ。漢字の表記ちと春日大社でとは違います。

建御賀豆智命(たけみかづちのみこと、武甕槌命)

伊波比主命(いわいぬしのみこと、経津主命)

天之子八根命(あまのこやねのみこと、天児屋根命)

比売神(ひめのかみ)

室町時代末期の文明年間(1469年 - 1487年)には吉田

兼倶が吉田神道(唯一神道)を創始し、その拠点として明治になるまで神道界に大きな権威を持っていた、、、そうな、、、

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伏見、宇治界隈を散策

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週末は、珍しく京都行に同行者あり()、といっても同い年の爺ではあるが。

連中の目的は、伏見の酒蔵で試飲をすることが目的ではある。()

拙は、もちろん京都探訪でありました()

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【御香宮神社】

近鉄桃山御陵前駅前にでんと構えておられる神社。式内社で、旧社格は府社。通称御香宮、御幸宮。伏見地区の産土神である。神功皇后を主祭神とし、夫の仲哀天皇、子の応神天皇ほか六神を祀る。神功皇后の神話における伝承から、安産の神として信仰を集める。 また社務所内に小堀政一(遠州)が伏見奉行所内に作ったとされる庭園が移設されている。鳥羽・伏見の戦いでは伏見町内における官軍(薩摩藩)の本営となったことでも知られる。

綺麗な色遣いの彫刻が珍しかったです。

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【伏見の酒蔵】

安土桃山時代から日本有数の酒処として栄えた、京都・伏見の町。昔ながらの酒蔵や寺田屋などの船宿が立ち並ぶ風情ある町です。坂本龍馬や新選組ゆかりの歴史ある町並みを歩き、美味しい日本酒を味わうぶらり旅は、、、いいですね。日本酒好きにお勧めです。拙は、糖尿の数値にヒヤヒヤしながら試飲を楽しんだ次第()

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【宇治上神社と源氏物語ミュージアム】

京阪電車「中書島(ちゅうしょじま)」駅から支線の宇治線で宇治を目指す。中書島は南北に竹田街道が通っている。四方を川(南は宇治川、西は濠川、北と東は宇治川派流)に囲まれており、かつて島であった名残の名前らしい。

次に向かったのが宇治。宇治といえば平等院鳳凰堂、、、ですが、昨年秋のライトアップの際に光輝く阿弥陀如来にお会いしたので、今回は、宇治川の川向の「さわらびの道」をとぼとぼ歩いて宇治上神社へ。なんせ、宇治上神社は、ユネスコの世界遺産「古都京都の文化財」の構成資産の1つとして登録されているのです。しかし、そこは、延喜式に記載されている式内社ではありますが、旧社格は村社ということで、村の鎮守の神様の感じもしますが、なんせ、社殿のうち本殿は平安時代後期の造営で、神社建築としては現存最古とされるているのです。国宝です()。。。

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それと是非ともお勧めしたいのは、近くにある「源氏物語ミュージアム」ですね。ま、だいたいが拙のような爺ではなく、清楚な恋を夢見る女性に行ってもらいたいものものです。ミニシアターもありお勧めです。

源氏物語ミュージアム

http://www.city.uji.kyoto.jp/0000019036.html

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おふさ観音バラまつり

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おふさ観音の薔薇が盛りです。6月上旬までが見頃とか。。。

おふさ観音は、正式には高野山真言宗・別格本山のお寺です。その本堂が建つ辺り一帯は、かつて「鯉ヶ淵(こいがふち)」と呼ばれる、大きな池でありました。時は慶安3年(16504月、ある日の早朝のこと。この地で暮らす「おふさ」という娘さんが、鯉ヶ淵のそばを歩いていると、白い亀の背中に乗った観音様が、目の前に現れたのです。おふささんは、池のそばに小さなお堂を建て、そこに観音様をおまつりすることにしました。(公式HPより)

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公式HP→ここをクリック

http://www.ofusa.jp/rose.html

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7月1日から8月末までは「風鈴まつり」も有名ですよ()

場所は→ここをクリック

https://yahoo.jp/GvhwtR

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【おふさ観音】

おふさ観音(おふさかんのん)は、奈良県橿原市小房町[1](おうさ — )にある寺院の通称名である。山号は十無量山。正式名称は高野山真言宗別格本山 十無量山 観音寺。イングリッシュローズが境内に所狭しとあふれる「花まんだらの寺」として知られている。大和三山の耳成山と畝傍山のほぼ中央に位置する寺院で、本尊は十一面観世音菩薩。大和七福八宝めぐり(三輪明神、長谷寺、信貴山朝護孫子寺、當麻寺中之坊、安倍文殊院、おふさ観音、談山神社、久米寺)の一つに数えられる(ウイキペディアよ)

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纏向遺跡 卑弥呼 そして 邪馬台国 だぞ、、、

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何故か、ここ数日、纏向遺跡と邪馬台国説がにぎやかです。。。

今週、纏向(まきむく)遺跡から出た“桃”のタネから、卑弥呼の邪馬台国が纏向遺跡に絞られたような報道が、、、(笑)巻向の住民としては嬉しいような、ほんまかいなという疑心暗鬼の思いも(笑)

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下記のように新聞報道を見ると、まるで「邪馬台国」決定、、、か、、、(笑)

「奈良・纒向遺跡で大量の桃の種 邪馬台国の有力地 2000個超、祭祀に使用か

(日本経済新聞)

https://www.nikkei.com/article/DGXNASHC1701V_X10C10A9000000/

「卑弥呼も食べたモモの種? 土器付着物も2~3世紀 奈良・纒向遺跡」

(毎日新聞)

https://mainichi.jp/articles/20180515/ddm/041/040/043000c

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最近は、平日でも考古学や歴史ファンの方々が「巻向駅」前の看板を見ておられる姿が。。。しかし、巻向(纏向/まきむく)って何にもないんだよね(笑)

☆まず交通機関は、JR桜井線(愛称、万葉まほろば線)の巻向駅(無人駅・交通系IDカード使用可能/ただしチャージは千円札のみ)と、奈良交通バスの「巻野内」と「相撲神社口」があります。ただしJRも奈良交通バスも日中は、北行(天理、奈良方面)・南行(桜井方面)いずれも1時間に1本程度です。

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☆お店に関しては、まったくありません(笑)、お弁当なんて洒落たものを買うことは困難です。ただし、朗報ですが6月から纏向遺跡の一つ「石塚古墳」前にあの町民一同の悲願だった「ローソン」が開店します(ヤッター!)。

☆食堂、茶店の類は一応あります、、、国道169号線のバス停「巻野内」と「相撲神社口」横に、喫茶店がそれぞれ1店舗ずつございます。

☆金融機関は、「巻向駅」前に農協の、「巻野内」バス停前に特定郵便局のキャッシュコーナーが一応あります、、、けど、都銀や地銀のカードが使えるかどうかは、、、知りません<m(__)m>。


☆公衆トイレは、「巻向駅」とその駅前に、弱小自治体の桜井市がなけなしの財政を搾り出して作った、公衆トイレが新設されています(JRのトイレより綺麗です(笑))。

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【特出し項目・・・三輪そうめんのこと】

☆それと、これは是非とも紹介しておきたいのですが、あの三輪素麺の発祥は、巻向地区だと思います(私の勝手な思い込みですが、、、)。

奈良時代に遣唐使により、小麦の栽培と製粉の技術や製麺技術が伝えられたとされており、その場所が桜井市の三輪や巻向地区とされています。巻向川の扇状地である巻向地区は、昔は水車もあり、それで小麦が製粉され、冬場の底冷えのキツイ気候とあいまって、永く素麺が作られて来たのだと思います。なにせ、私たちの子供の頃には、昭和天皇や当時の皇室の方もお見えになったことがあります。

国道169号線沿いの「相撲神社口」バス停近くには、直売店もあります。お土産にいかがですか(笑)。私、別に素麺屋さんではありませんが(笑)、また、「巻野内」バス停まえの喫茶店では素麺の定食があったような気がするのですが。。。

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纒向遺跡(まきむくいせき)

 桜井市の北部「JR巻向駅」周辺にひろがる古代の遺跡。初期ヤマト政権発祥の地として、あるいは九州の遺跡群に対して邪馬台国(やまたいこく)東の候補地として有名な遺跡。

奈良県桜井市の三輪山の北西麓一帯にある、弥生時代末期から古墳時代前期にかけての集落遺跡として国の史跡に指定されている。3世紀に始まる遺跡で、一帯は前方後円墳発祥の地と推定される。邪馬台国の中心地に比定する説があり、卑弥呼の墓との説もある箸墓古墳などの6つの古墳が分布する。

また、木製品の年輪年代測定などから、纒向石塚古墳は遅くとも225年頃までには築造されていたことが判明している。

纒向遺跡の主な古墳[ウイキペディアより]

纒向石塚古墳・纒向勝山古墳・纒向矢塚古墳・東田大塚古墳・ホケノ山古墳・箸墓古墳

※※現地説明会の私のブログも貼り付けときます(笑)※※

卑弥呼の里は大騒ぎ、、、(桜井市)

http://yamanobe.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-4f23.html

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大阪中ノ島のばら園

薔薇の甘い香りが漂っていました。お昼休みに覗いてきましたが、ほんと暑くなってきました。もう半そでがベストです。

場所はここ→クリック

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相国寺、上御霊神社、本法寺、白峰神社、花の御所、鴨川

9日水曜は久しぶりの京都。

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この時期は桜も終わり新緑にもちと早いかなあ、であてもなく京阪特急で終点出町柳に到着。さて、叡山鉄道の新型車両に乗るか、市内をブラつくか、、、。結局、歩くことに。鴨川を渡り相国寺へ、承天閣美術館には以前に行ったので寺域を通り抜け上御霊神社へ。

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このあたりは応仁の乱の戦闘が始まったところとか。この界隈は近くに同志社大学など教育関係施設があり静かなところです。

次に向かったところが、本法寺、妙顕寺界隈(上京区堀川寺之内)。本法寺は日蓮宗の本山(由緒寺院)で山号は叡昌山とウイキペディアに解説あり、この日は工事中とかで参拝できず、長谷川等伯の涅槃図があるらしいのだが、、、。その東側にあるのが妙顕寺でここも日蓮宗の寺院、京都で法華宗を広めた日像上人ゆかりの寺院。この二つの寺院の間の道を歩いていると、立派なお屋敷が、、、表札を見ると「千」と書いてある。表千家(不審庵)、裏千家(今日庵)のがこのあたりにあるようです。

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次に堀川通りを少し南下し今出川通りを東に向かうと白峰神社へ。配流されてその地で歿した崇徳天皇・淳仁天皇を祀る。崇徳院は、落語のネタにもある、小倉百人一首のひとつ

「瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末にあはむとぞ思ふ(崇徳院)

で有名ですね。

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また、蹴鞠の宗家が元々あったことから、球技を中心としたスポーツ関係の信仰があり、高校生、中学生の修学旅行の生徒が沢山いました。拙者も門の前で、5人の制服姿の少女に囲まれて、「スイマセン、シャッター押していただけませんか、、、」だって(笑)。

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その後、今出通りを出町柳駅方面を進むと、上京区役所を過ぎたあたりに小さな石碑。「室町殿」とも「室町御所」、「花の御所」といわれた、室町幕府3代将軍足利義満が造営した足利家の邸宅の跡だったところです

昼過ぎからの4時間程の散歩でしたが、ゆっくり歩くといろんな気づきや発見がありました。

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帰りは、加茂川と高野川の合流点の河中にある飛び石橋を修学旅行生の後から渡り、靴がビショビショに(涙)前日の雨で川の水量が少し多かったみたい(笑)

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ちかづきて あふぎ みれども みほとけ の、、、新薬師寺

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昨日の寺巡りは家人が同伴。。。最初に訪れた円成寺の受付で可愛いミニ屏風式の御朱印スタンプラリー「大和十三仏御朱印めぐり」があつたのを発見しよりまして、あれをするとのたまう、、、。すぐに飽きるくせににと思いつつも台紙(ミニ屏風は無料)に円成寺のスタンプ(朱印らしい)を300円でゲット。

この日は、円成寺、新薬師寺、大安寺を回り御朱印をミニ屏風にいただきました。

さて、閑話休題

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本尊薬師如来様と十二神将

ちかづきて あふぎ みれども みほとけ の みそなはす とも あらぬ さびしさ

(近づいて 仰ぎ見ても 仏さまは 自分を見て おられないようで さびしい)

作 会津八一(秋艸道人)

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香薬師様

新薬師寺は、奈良西の京にあるあの有名な「薬師寺」とは関係はございません。「新」の方は、奈良時代に光明皇后が夫の聖武天皇の眼病平癒のために創建された寺院なんですね。かっては、大寺だったとのことですが、今は、本堂を残すのみ。。。ですが、この本堂の中が凄いのです、国宝の本尊薬師如来坐像、それを取り巻く十二神将も国宝(ただし、一体だけ補作のため指定外)なんです。薬師如来様を正面から拝むとその右側に小さな木の箱の中に小さな仏様がられます。「銅造薬師如来立像」 通称「香薬師」と呼ばれ奈良時代の金銅仏白鳳時代の最高傑作とも言われています、、、言われていました。もちろんピカピカの国宝です、、、だった、、、のですが、残念ながら、元々の香薬師様は、盗難に会い今おられるのは復刻版(レプリカ)なんですね。

で、秋艸道人の歌に戻ると、この歌は、大きい方の薬師様でなく、実は、手前のちいさな香薬師さまを歌った歌なんですね。秋艸道人が香薬師様を拝んでこの歌を作ったのは、3度目の盗難に会う1年少し前だったとか。

きっちりスタンプラリーの御朱印もいただきました。

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ついでにと言ったら失礼ですが、大安寺にも寄って、御朱印ゲットしてきました。。にほんブログ村 旅行ブログ 街道・古道へ
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«浄瑠璃寺の九体阿弥陀仏、、、