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国宝第1号にお会いしてきました(広隆寺弥勒菩薩様)

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国宝第1号で京都の太秦にある広隆寺の「弥勒菩薩様(弥勒菩薩半跏思惟像/みろくぼさつはんかしゆいぞう)」に会いに行ってきました。前日の大雨がスッキリ回復し、京都はまだまだ暑かったです。

そもそも国宝って?、第1号って?、、、先の大戦後に新しい文化財保護法ができてそれまでの国宝が重要文化財とされましたですから、重要文化財も「元国宝」でその中からとくに優れたものが新法による「国宝として新しく指定されたのですね。昭和26年6月その第1回目に181件が指定されたとのことですから、第1号って沢山あるのです、ただし仏像(彫刻)だけでなく、建築物、絵画、書籍、等々もこの時に指定されているんだ、、、^^;。。。

しかし何で、広隆寺の弥勒菩薩様が第1号なんだろうかと素朴に疑問がわきますよね。じつは、先ほどのジャンル別に区分し、まず、彫刻部門でかつ所在地が北から順番に番号が振られたことにより、京都におられた弥勒菩薩様が「彫刻部門第一号」の栄誉(?)に浴されたということみたい、、、です。(ネット情報ですが、、、)で、我らが奈良県民の誇りであります、東大寺の大仏様(盧舎那仏)や興福寺の阿修羅様が一番じゃなかったみたいです。ちなみに建築物では第1号が岩手県の中尊寺の金堂ですからやっぱ北から順番に番号が振られたんだわ。

弥勒菩薩様って、、、

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「生あるものすべてを救う菩薩」で慈悲深い菩薩(如来の一つ手前のステージにおられる)。無償の愛で見返りを求めない。弥勒菩薩は 天上界の兜率天(とそつてん)で修行中ですが、釈迦が入滅後56億7000万年後にこの世に現われ人々を救済すると言われているそうです。しかし56億7000万年後かというのはとても長い話。。。じゃ、お釈迦様が入滅されて、弥勒菩薩が弥勒如来となってこの世に現れる間はどうするねん、、、と言うことになりますが、ご心配なかれ、その間は、地蔵菩薩様が下々を救ってくださるのだそうです。。。なお、56億7000万年に興味をもたれたら下のサイトが参考になるかも(笑)

http://www.saikoji.net/houwa/houwa1205.html

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広隆寺について、、、

広隆寺 (こうりゅうじ)は、京都市右京区太秦にある真言宗系単立の寺院。山号蜂岡山。蜂岡寺(はちおかでら)、秦公寺(はたのきみでら)、太秦寺などの別称があり、地名を冠して太秦広隆寺とも呼ばれる。帰化人系の氏族である秦氏の氏寺であり、平安京遷都以前から存在した、京都最古の寺院である。国宝の弥勒菩薩半跏像を蔵することで知られ、聖徳太子信仰の寺でもある。毎年10月12日に行われる牛祭は、京都三大奇祭として知られるが、近年は不定期開催となっている。(ウイキペデアより)

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近くの神社で珍しい鳥居が、、、(蚕の社)

広隆寺を出て、東に向いて次に目指すは、壬生寺なんですが、途中で、珍しい神社があります。さすがに、渡来系の秦氏にか関わる神社なのかなあ、こんな鳥居は滅多に見ませんよね。

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木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ、木島坐天照御魂神社)は、京都市右京区太秦森ケ東町にある神社。式内社(名神大社)で、旧社格は郷社。通称は「木嶋神社(このしまじんじゃ、木島神社)」や「蚕の社(かいこのやしろ、蚕ノ社)」とも。古くから祈雨の神として信仰された神社であり、境内には珍しい三柱鳥居があることで知られる。


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