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京都山科を歩いてきました(その一)

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昨日は山科方面へ。

【天智天皇陵】

京都市内の東のはずれと言ったら失礼か、、、。その山科へ、ルートは、奈良からJR京都線で六地蔵へ、地下鉄に乗り換え、御陵(みささぎ)駅下車、ウオーキングの開始。最初に向かったのは、天智天皇陵。あの大化の改新(乙巳の変)の立役者である中大兄皇子(天智天皇)の御陵(ごりょう、みささぎ)です。都会の京都市内の広大な土地は、静寂に包まれていました。

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だいたい、奈良検定の受験勉強に知ったのだが、「聖なるライン」という説があるらしい、京都大学の岸俊男先生が最初に唱えたらしい。耳成山、畝傍山、天香具山の「大和三山」に囲まれ、大極殿などが集まる藤原宮の真ん中を朱雀大路が南北に貫いていて、そのラインに天武天皇陵・持統天皇陵が位置しているという話なのだ。藤原宮の大極殿跡から天武・持統合葬陵までは3.7キロ余りある。さらには北へ58キロもの先に山科の天智天皇陵があるらしい。この、ラインには有力な天皇陵が散在しているというのだが、、、。偶然の一致なんだろうか、それともロマンある何らかの謎が隠されているのか(笑)。

(聖なるライン関連hp)

https://style.nikkei.com/article/DGXBZO33355510S1A800C1000000?channel=DF280120166609&style=1

天智天皇陵の横に、琵琶湖疏水の看板があったので、それにつられて住宅街を進んだのだが、途中で通行不可の工事看板。かなり遠回りして、毘沙門堂へ。

Photo

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【毘沙門堂】

琵琶湖疏水は、毘沙門堂に向かう道で見つけられました。

で、次に向かった、毘沙門堂ですが、もちろん毘沙門天様がおられるから毘沙門堂なんですが、毘沙門天(びしゃもんてん)は、仏教におけるステージは、天部(如来→菩薩→明王→天部)におられる方、フーテンの寅さんでおなじみの葛飾帝釈天の帝釈天もおんなじ天部の仏様です。毘沙門天は、また、持国天、増長天、広目天と共に四天王の一尊に数えられる武神でられます。四天王でおそろいの時は、は多聞天として表わされているのです

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毘沙門堂は、もともとは、上京区の相国寺の近くにあったそうですが、江戸時代に現在の山科の地に移ったそうです。入口の仁王門には、あうんの仁王様が迎えてくれます。残念ながら本尊の毘沙門天様は秘仏が、お前立は拝見することができます。

毘沙門堂は、紅葉の季節が絶対ベストなんですが、、、その時は、人出が凄いんだろうなあ、、、昨日は、まったくもって、静寂に包まれて、ゆっくり御堂内を拝観させていただきました。

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毘沙門堂(びしゃもんどう)

京都市山科区にある天台宗の寺院。山号は護法山。護法山安国院出雲寺とも称す。本尊は毘沙門天。天台宗京都五門跡の一であり、山科毘沙門堂、毘沙門堂門跡とも呼ばれる。(ウイッキより)

毘沙門堂の後は、予定では、小野小町ゆかりの随心院から、足を伸ばせて、名刹醍醐寺を予定していたのですが、足が痛くておまけに汗びっしょりで、心が砕けて、地下鉄の駅を見たら、思わず下りのエスカレーターに乗ってしまいました。意気地なしです、次回にリベンジです(涙)


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