« | トップページ | 思わぬ出会い(観音寺の国宝「十一面観音様」) »

京田辺までプチドライブ、、、酬恩庵一休寺

Photo_2

昨日は、午後からお暇ができた。京都へ電車で出かけて神社仏閣名所を2、3か所廻るにはすでに時遅し。で、色々、考えた挙句に、奈良県のほんのそば、京田辺市へ。目的地は、あの一休さん(一休宗純)ゆかりのお寺「酬恩庵一休寺」へ。移動手段はクルマ(愛車の軽四タント)です。桜井→奈良市→木津川IC→(京奈和道)→田辺西IC→一休寺へ一時間程度のドライブでした。

 2_3   3_2

この日は平日でもあり、酬恩庵は訪れる人も少なく、静寂の中にちょっと季節が遅い蝉の声だけが聞こえていました。緑色の楓が一面に、一部で赤くなっている枝もありますが、紅葉の季節はまだまだでしょうね、ま、紅葉の季節には、この寺もこんな静かに拝観できることはできないと思いますが。酬恩庵庭園は国の名勝に指定されています。庭師さんが丁寧に木々を選定されておられ、実に美しいたたずまいをした寺院であります。狩野探幽の障壁画なども見ることができます。

 Photo_3   Photo_4

【酬恩庵一休寺(しゅうおんあん・いっきゆうじ)】

京都府の京田辺市にある臨済宗大徳寺派の寺院。山号は霊瑞山。本尊は釈迦如来。一休寺(いっきゅうじ)、薪(たきぎ)の一休寺とも称される。枯山水の石庭や一休宗純の木像のほか、納豆の一種である「一休寺納豆」でも有名。正応年間(1288 - 1293年)に南浦紹明が開いた妙勝寺が前身である。元弘年間(1331 - 1334年)に兵火にあって衰退していたのを、康正2年(1456年)に一休宗純が草庵を結んで中興し宗祖の遺風を慕い師恩に酬いる意味で酬恩庵と号した。その後、一休は文明13年11月21日(1481年12月12日)、88歳で亡くなるまでをここで過ごし臨終の際には「死にとうない」と述べたと伝わる。なお、金春禅竹が総門のまえで一休のために能を演じたという。永禄3年(1650年)、前田利常が伽藍を再興し狩野探幽によって描かれた障壁画43面を納め江戸幕府から朱印状が与えられた。(ウイキペディアより)

4

にほんブログ村 旅行ブログ 街道・古道へ
にほんブログ村

|
|

« | トップページ | 思わぬ出会い(観音寺の国宝「十一面観音様」) »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/541333/65763193

この記事へのトラックバック一覧です: 京田辺までプチドライブ、、、酬恩庵一休寺:

« | トップページ | 思わぬ出会い(観音寺の国宝「十一面観音様」) »