旅行・地域

長岡京市をブラブラしてきました。。。

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長岡京、、、へ行ってきました。日本の首都(都)は、飛鳥京から始まって、藤原京、平城京、平安京で、現在は「東京」なんですな。。。しかし、その間に、ほんの少しだけど、色々なところに都は移動してるんですな。難波宮(大阪)、近江京(滋賀)、紫香楽宮(滋賀)等々、、、そうそう南北朝の頃は、吉野や五条にも都があったんですよね(笑)。けっこう色々と古京といわれてるところを訪づれてみたけど、何にも残ってないんですよね。で、今回は、長岡京跡へ。ついでに、菅原道真ゆかりの長岡天満宮と、聖徳太子発願といわれる我が街桜井市にある長谷寺(真言宗豊山派)の系列寺の乙訓寺も寄ってきました。

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【長岡天満宮】

天満宮といえば、菅原道真公ですね、爺の拙者も知恵がつくように拝んどきました(笑)、、、無駄か(笑)

京都府長岡京市に鎮座する神社(天満宮)。旧社格は府社。市民からは「天神さん」と呼ばれ親しまれている。 長岡京市はかつて山城国乙訓郡長岡と呼ばれ、延暦3年(784年)桓武天皇が平城京から都を移し、長岡京を造営した所(ただし長岡宮を含む京域のほとんどは京都府向日市)。長岡天満宮は、都の西南の外れに位置する。

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【乙訓寺】

「牡丹の寺」として有名なんです。現在、真言宗豊山派総本山である長谷寺(桜井市にあります)より2,000株の牡丹が移植されている。見頃は4月下旬より5月上旬らしいです

乙訓寺(おとくにでら)は京都府長岡京市にある真言宗豊山派の寺院。牡丹の寺として知られる。寺伝では推古天皇の勅命により聖徳太子が建立したと言われている古刹である。創建の正確な事情や時期は未詳であるが、境内出土の瓦の年代から、長岡京造営以前、奈良時代の創建と推定されている。

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【長岡京跡】

阪急電車の京都線「西向日駅」の駅前の住宅街の中の公園のようなところが遺跡でした。朝堂院跡、大極殿跡が整備されていました。なんと、ビジターセンターのような建物もありました。

(余談ながら、拙者の近所の纏向遺跡もせめてこの程度の施設ぐらいは整備してほしいのですが、、、最近、トイレだけはできました(笑))

長岡京(ながおかきょう)は、山城国乙訓郡(現在の京都府向日市、長岡京市、京都市 西京区)にあった古代日本の都城。宮域跡は向日市鶏冠井町(かいでちょう)に位置し、 「長岡宮跡」として国の史跡に指定されている。 延暦3年(784年)11月11日に平城京 から遷都され、延暦13年(794年)10月22日に平安京に遷都されるまで機能した。

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あすなろう鉄道となばなの里のイルミネーション

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週末は、M尾、M村両氏と三重の日帰り電車旅、目的はどちらかというと、車中のお酒かな、、、(笑)

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ナローゲージの「あすなろう鉄道」乗車となばなの里の「イルミネーション」、湯ノ山温泉の日帰り温泉も楽しみました。

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四日市あすなろう鉄道八王子線

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軽便鉄道として建設され、現在でも当時のままの軌間762mmの特殊狭軌線(ナローゲージ)となっている。日永駅で内部線に接続し、全列車があすなろう四日市駅へ直通する。


なばなの里公式HP

http://www.nagashima-onsen.co.jp/nabana/index.html/


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三千院、寂光院、、、雪の大原へ

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ここんとこ冷え込みますね、思い立って雪の京都へ。昨年の冬は高尾方面の高山寺、神護寺、西明寺で雪の中でこけまくって、歳を感じて、今年は、一寸平地の大原へ、、、。

♪京都~大原♪三千院、、、の歌碑もありました。

三千院のわらべ地蔵さんも雪の中で埋もれて寒そうでした(笑)

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寂光院も覗いてきました。大原の里からは比叡山が綺麗に眺望できます。寒いけど、静かな週末でした。

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三千院

京都市左京区大原にある天台宗の寺院。三千院門跡とも称する。山号は、魚山(ぎょざん)、本尊は薬師如来、開基は最澄である。京都市街の北東に位置する山中、かつては貴人や仏教修行者の隠棲の地として知られた大原の里にある。青蓮院、妙法院とともに、天台宗の三門跡寺院の1つに数えられている。

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魚山大原寺勝林院

京都府京都市左京区大原三千院の北にある天台宗の寺院。魚山は大原の円融院、往生極楽院、勝林院、来迎院、融通念仏寺などの諸寺院の汎称で声明の中心地であった中国の長安の外にある山東省に所在する声明の聖地「魚山」の名称に由来する。本尊は阿弥陀如来。法然上人二十五霊跡第21番札所。別称として「問答寺」、「証拠堂」とも呼ばれる。古くから来迎院(左京区大原来迎院町)とともに天台声明の道場であった。

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声明(しょうみょう)

仏典に節をつけた仏教音楽のひとつで、儀礼に用いられる。日本では、梵唄(ぼんばい)・梵匿(ぼんのく)・魚山(ぎょざん)ともいう。

天台声明は最澄が伝えたものが基礎となり、独自の展開をした。最澄以後は、円仁・安然が興隆させた。後に融通念仏の祖となる良忍が中興の祖として知られる。1109年(天仁2年)に、良忍は、京都・大原に来迎院を建立した。大原の来迎院の山号を、中国の声明発祥の地・魚山(ぎょさん)に擬して、魚山と呼称された。やがて、来迎院・勝林院の2ヶ寺を大原流魚山声明の道場として知られるようになった。また、後に寂源が一派をなして、大原には2派の系統の声明があった。のちに宗快が大原声明を再興するに至った。

大原問答

寛仁4年(1020年)、寂源が延暦寺の僧である覚超と遍救を招請して、勝林院の本堂で法華八講を開いた。大原入道少将と呼ばれた寂源の名前にちなんで、これを「大原談義」と称した。この時、本尊が自身の意を放光によって表したので、集まった聴衆が大いに驚いたという。それより、本尊は「証拠の阿弥陀」と称されるようになった。

文治2年(1186年)、顕真の招請により、勝林院で法然が浄土宗義について明遍、証真、貞慶、智海、重源らと一昼夜にわたっての問答が行われた。これを「大原問答」という。顕真らが法然に12の難問を投げかけていったものであるが、法然はそれらに対して念仏によって極楽浄土へ往生できることをはっきりと示した。その時に、本尊の阿弥陀如来が光を放って法然の主張が正しいことを証明してみせたという。そのため本堂も「証拠堂」と呼ばれるようになった。

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寂光院

京都市左京区大原にある天台宗の寺院。山号を清香山と称する。寺号は玉泉寺。本尊は地蔵菩薩、開基(創立者)は聖徳太子と伝える。平清盛の娘・建礼門院が、平家滅亡後隠棲した所であり、『平家物語』ゆかりの寺として知られる。

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岩清水八幡宮に参拝(京都府八幡市界隈を散策)

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京阪電車で大阪と京都の県境を越えたらすぐが、八幡市(やわたし)。木津川と宇治川と桂川が合流するところかなあ。京阪の八幡市駅で降りると、駅前が小高い山で、すぐそばにケーブル駅があります。片道200円也、それに乗って2~3分で山頂駅へ。

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【岩清水八幡宮】

石清水八幡宮は、旧称は「男山八幡宮」。二十二社(上七社)の一社で、伊勢神宮(三重県伊勢市)とともに二所宗廟の一社。宇佐神宮(大分県宇佐市)・筥崎宮(福岡市東区)または鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)とともに日本三大八幡宮の一社だそうです。八幡様って、戦闘の神様のイメージが強いよなあ、、、。

本殿を含む建造物10棟が国宝に指定されています(2016年2月9日指定)。本殿は現存する八幡造の中で最古かつ最大規模を誇るそうな

京都鴨社の「葵祭」、奈良の春日社の「春日祭」と、ここで9月15日に行われる「石清水祭」は、日本三大勅祭の1つに数えられています

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【エジソンの記念碑】

岩清水八幡宮の参道横お土産屋さんの傍に、トーマス・エジソンが、白熱電球の改良に際しここの八幡宮の境内の竹を使用したことから記念碑があります、2月11日にはエジソン生誕祭も行われるとのこと

綺麗に整備されてはいるものの、急な裏参道を降りて再び駅近くへ、さすがにケーブルが設置されているはずだわ、こんなの登ったら爺さんにはかなりきついだろうなあ(笑)

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【らくがき寺】

平日の昼間でかつ寒い雨が降っていたこともあり、人気が少ない静かな住宅地を歩いていくと、「単伝庵」という、江戸時代初期に創建された臨済宗妙心寺派のお寺(禅宗の寺院なんですな)に行き着きます別名「らくがき寺」として知られるユニークな寺で、 山門を入った正面に大黒堂という御堂があり、この御堂の白い壁に訪れた人々が願い事書き込むことができるようです。ただし、この日は、定休日月曜日~金曜日(正月三箇日を除く) ※予約すれば対応可とのことらしい)。で、お参りできるのは、土曜日、日曜日と正月三箇日9時~15時までらしい。(残念)

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【飛行神社】

来た道を戻って、八幡市駅の近くにあるのが、「飛行神社」。なんとも近代的な(建物が瀟洒な住宅風)神社で、飛行機の神様、饒速日命と航空事故の犠牲者などを祀るそうで、ギリシャ風の拝殿もあります。日本で最初に飛行原理を研究した二宮忠八さんが創建したそうです神社(とても神社のイメージは無いのですが)のまん前に、航空自衛隊の戦闘機のジェットエンジンが、デンと据え付けられていました。

、、、しかし、この日は寒かった、、、おまけに、小雨もパラパラと、いそいそと京阪に乗って帰り路につきました。


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天保山は日本一低い山か、、、ポケモンGOTがてら

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今年の冬は、なんか寒そう、、、ブルブル、、、そんな中、昨日はお休み、おまけに暖かかったので、大阪市内にある「名山」、日本一低い山とか言われてる、「天保山」のある「大阪南港」へ。だいたいここは、海遊館で有名なところですが、昨年、GPS機能を活用した、スマートホンゲーム「ボケモンGO」が登場以来、この地は、ポケモンハンターにとっても聖地の一つとなっているのです(笑)、なんせ、大阪では一番のスポットでしょうね(笑)。拙者もすでに10回近くポケモン採取に来ています。。。

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(天保山は日本一低い山なのか?)

ウィキペディアによると、天保山の高さは、「1993年(平成5年)以降では4.53mとなっている。1993年(平成5年)の地形図から山名が抹消されたが、地元からの要望によって1996年(平成8年)7月1日に再掲載された。」しかし、「 2014年(平成26年)4月9日国土地理院による調査により標高3mの山、日和山 (仙台市)の認定により、2番目に低い山となった。」、、、ということで、天保山より低い山が存在するのでした。残念(笑)。

しかし、天保山には、地元有志の尽力により、山岳会と山岳救助隊があるそうな(笑)、ちなみに、救助要請はいまだかって、一度もないそうです。(爆笑)

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京都嵐山花灯路へいって参りました、、、嵐山、嵯峨野界隈

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夜の京都は穏やかな気温でした。。。

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大阪天満橋近くの職場発午後5時きっかり、京阪電車、阪急電車、嵐電を乗り次いで、嵐電嵐山駅へは午後6時48分到着です(笑)忙しい爺さんです。。。

京都嵐山花灯路へいって参りましたよ。皆さん、、、明後日12月17日(日)までですよ。

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↓に 公式HPのアドレス貼っときますね。

http://www.hanatouro.jp/arashiyama/

さすがに夜ともなりますと、東アジアの方々はおられません(笑)

そのかわり、若い仕事帰りのアベックが沢山、、、羨ましいわさ、、、( ;∀;)

京都に泊まりたかったなあ、、、

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今年の漢字「北」、、、清水寺界隈

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師走恒例、今年の漢字一文字が "北" となりました。某国のミサイルや、某国の大統領やら、某ならぬ暴力横綱やら、騒がしい一年が終わろうとしています(笑)、しかしながら京都の名所は、何故か、某国の言葉しか聞けません(笑)

寒い冬は鍋料理てな具合で、プチ買出しハイクに行ってまいりました。清水寺参道の七味屋で粉山椒、錦市場商店街で、生麩をゲット。

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今日のルートは、

京阪線・清水五条駅→五条坂(五条通)→茶碗坂→【清水寺で「北」見学】→清水坂→【七味屋】→参寧坂→二年坂→維新の道→ねねの道→石塀小路→祇園花見小路→四条通→木屋町通→【明治維新の関係者の記念碑多数あり】→三条通→烏丸通→錦小路通【錦市場で生麩ゲット】→堀川通→【東本願寺の飛び地境内「渉成園」見学】→【京都タワーの地下3階の銭湯でホッコリ】→京都駅着

でした、寒かったつす(笑) 爺さんは、歩かねば(笑)

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京都花街は、12月13日が「事始め」、(祇園花見小路あたりなんかを)だらりの帯の芸舞妓さんが、忙しく歩かれてる姿を期待したのですが、着物姿の女性は沢山おられるのですが、、、皆さん東アジアの、某国の言葉を喋っておられました(笑)京都は国際都市なんだ(笑)

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「お東さん」こと、真宗大谷派本山の東本願寺の、堀川通りを挟んだ、飛び地境内にある、渉成園・枳殻邸(しょうせいえん・きこくてい)は、徳川家光が寄贈し、石川丈山が作庭した国の名勝にも指定されている回遊式庭園、ちょっと時期はずれで冬枯れしていましたが、春・秋がいいのかなあ、、、そうだ、雪が積もったらいいかも。。。

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しかし、京都駅のまん前に、敷地1万坪の大庭園は、まさしく京都のオアシス的存在です。

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伏見稲荷界隈

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今日の日曜日は、JR 稲荷駅前です

勿論、4年連続外国人訪問者数日本一位の、伏見稲荷大社の真ん前に、あります。ま、目的は、龍谷大学での京都検定受験ですが、試験後に、界隈をブラリと爺ブラです、稲荷大社には、軽くお参りして、稲荷駅のランプ小屋を探す、なんと、改札のすぐ横にありました

(稲荷駅ランプ小屋)

稲荷駅は明治12818日、旧東海道線が京都から稲荷駅を経て大津駅(現在の膳所駅)まで開通したときに誕生した。その後、大正1081日に、現在の京都から大津間にある東山トンネル、新逢坂山トンネルの新線開通に伴い、現在の奈良線の一駅となっている。このランプ小屋は開業当時、駅舎等の石油ランプ灯具の整備・保管や油類の保管に使用されたと言われており、国鉄最古の建物として昭和451014日に準鉄道記念物に指定され、現在は昔使用されていた鉄道標識等を収蔵している。

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次に龍谷大学を目指して歩いていると、京阪電車の深草駅が、その手前を琵琶湖疎水がゆったり流れていました。

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京阪電車の切符の安売自販機がそこらかしこにありました???

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平等院夜間特別拝観へ

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職場を午後5時定刻に飛び出して、天満橋から京阪特急、中書島経由の「京阪宇治駅」下車、宇治橋を渡って平等院鳳凰堂へ。午後6時半なのにやはや凄い人出でした。

藤原道長、頼通親子が描いた極楽浄土が、ライトに映し出されていました。

いやはや綺麗、凄い、美しい、、、ただし、人・大杉()

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夜間特別拝観 「瑞光照歓 〜錦秋のあかり〜」

一般公開は、平成291118日(土)〜123日(日)の金・土・日・祝日で、受付1800分〜2000分 (2030分閉門)

急いでくださいね()

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参考解説(ウイキペディアより)

平等院は、京都府宇治市にある藤原氏ゆかりの寺院。平安時代後期・11世紀の建築、仏像、絵画、庭園などを今日に伝え、「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている。山号を朝日山と称する。宗派は17世紀以来天台宗と浄土宗を兼ね、現在は特定の宗派に属さない単立の仏教寺院となっている。本尊は阿弥陀如来、開基は藤原頼通、開山は明尊である。

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紅葉の京都へ

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昨日、京都へ行ってきました。見返り阿弥陀仏で有名な永観堂は、紅葉(もみじ)の永観堂と言われてて、京都で1~2位の紅葉時期の名所ですが、めっちゃクチャな人出でした。でも綺麗でしたよ。

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京都では、黒谷さんと呼ばれる金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)にも寄りました。。幕末京都守護職会津藩の本陣となり、守護職御預かりとして新選組をその支配下に置いたそうで、いわゆる新選組ゆかりの地でもあります。

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真如堂も紅葉の名所です。正式には真正極楽寺(しんしょうごくらくじ)という、天台宗の寺院です。

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その後は、少し足をのばして、叡山鉄道へ、「紅葉のトンネル」は、車窓から綺麗でしたが、一瞬でした(笑)

帰りの叡山鉄道、、、いつも、拙者もお世話になってるクラブツーリズムのの団体様の爺婆でめっちゃ混んでた(笑)

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