廃線紀行

愛岐トンネル群2016年「秋の特別公開」へ日帰りツアー

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いってきました、日帰り弾丸ツアー。クラブツーリズムの企画は変なのもあります()

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愛岐トンネル(あいぎトンネル)は、JR東海中央本線の古虎渓駅 - 定光寺駅間にあるトンネルです。岐阜県多治見市と愛知県春日井市の間にあり、愛岐トンネルの名称は、愛知県と岐阜県の県境のトンネルであることに由来するそうです

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今は、新しいトンネルがありますが、その横を走っていた旧のトンネル群がボランティアの皆さんで、春と、紅葉の秋に公開されています。

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ま、そこそこ早く奈良に帰ってきたので、地元で軽く打ち上げ、M尾さん、Y本先輩も元気だし、M村さんのチョッピリいい話も聞いて、晩秋の一日を過ごしました。次は、1月の予定です。

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愛岐トンネル群保存再生委員会 公式サイト

http://aigi-tunnel.org/

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名松線の復活

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この大型連休(ゴールデンウィークという呼び名は、なかなか休みをれない方々には、不快感をもたらす呼称とか、、、)前半に、知人のM尾氏が、三重県を走る名松線に乗ってきたと、メールを送ってくれました。

名松線は、一部区間の長期運休(2009年10月8日の台風18号の被害により、家城駅 - 伊勢奥津駅間がバスによる代行運転となってい)で、その存続が気になっていました。

"blog山の辺短信"でも、2012年8月に取材しましたが、過疎が進む山間部で、交通機関が再開されたことはうれしい知らせ。ちなみに、この日は北海道新幹線の開通で世間が大騒ぎした日とか、、、。

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やっぱ、公共交通機関、特に、鉄道は地域の振興には欠かせないものではあるのです。

名松線、、、本来の夢であった、名前の由来でもある、、、名張-松阪間の完全開通を大きな夢にして、いつまでも走り続けてほしいねのです。

山の辺短信過去記事(名松線の今を探る)

http://yamanobe.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-b9a3.html

東洋経済記事

http://toyokeizai.net/articles/-/111716

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四日市あすなろう鉄道の旅

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別に拙者は、鉄チャン(鉄道マニア)でも、最近よく言われる、乗り鉄(色々な鉄道を乗ることに生きがいを感じる、、、)でも、撮り鉄(鉄道写真撮影を好む)でもございません。

 

 

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偶然、家内が持っていた、近鉄の優待券の期限が今月末ということで、捨てるのは“もったいない”の思いで、先週の海の日を含めた三連休の初日、台風11号の余波が少し残る日に、三重県のナロゲージの宝庫と言われる、四日市、桑名あたりまで日帰り一人旅を思いついた次第。

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あ、そうそう、ナローゲージの説明を簡単に、と言っても話は長いですが(笑)

 ナローゲージとは、鉄道の線路の幅の一つです。ちなみに、鉄道の幅の主なものは、

1.まず、標準軌、世界の標準の規格で 1,435mm(4フィート8.5インチ)。日本では、標準軌を採用しているのは、新幹線、JR田沢湖線等在来線のミニ新幹線区間、近畿圏を中心とする大手私鉄、および東京(近郊を含む)の一部の大手私鉄、地下鉄等のみ。これ以下の幅を一般的には、「狭軌」ともいわれる。

2.次に、JRグループはじめ日本の大多数で使われている軌道は1,067mm(3フィート6インチ)で、「三六軌間」とも呼ばれるそうです。

3.それ以外には馬車軌間と言われる1,372mm(4フィート6インチ)京王電鉄 - 井の頭線を除く全線。東京急行電鉄 - 世田谷線のみ。東京都交通局 - 都電荒川線と都営新宿線。他があるようです。

4.そして、今回の本題の ナローゲージ762mm(30インチ=2フィート6インチ)「ニブロク」、「特殊狭軌」で、今、普通の乗客を乗せて営業しているのは、四日市あすなろう鉄道内部・八王子線 (762mm、2015年4月1日に近畿日本鉄道から移管)と、三岐鉄道北勢線(762mm、2003年4月1日に近畿日本鉄道から移管)、黒部峡谷鉄道本線 (762mm)のみ。

ま、早く言えば、「標準軌」の代表は新幹線。日本の大多数(日本で標準的なの)は1,067mm(3フィート6インチ)で、「三六軌間」。ナローゲージはもはやマイナー。広い狭いで言えば、標準機以外は、一応、狭軌ということになります。

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閑話休題

で、優待券があるから、できるだけ安く上げちゃえとばかり、拙者の好きな近鉄特急はやめて、普通電車の旅と相成った次第。しかし、はっきり言って、四日市、桑名なんて、滅茶苦茶遠い、出発は8時20分に巻向→桜井(近鉄乗換)→青山町→伊勢中川→四日市と、急行の乗継で、四日市は11時近くになっていました。

近鉄四日市で降りて、颯爽と第三セクターの四日市あすなろう鉄道の四日市駅で電車に飛び乗ったのですが、何か変、、、そう、笑っちゃいます、狭い、暑い、揺れすぎる、、、。ま、当然でしょうね、レール幅が狭いから、車両幅も狭い、ということは、室内も狭い。おまけに、近鉄が経営困難で手放した、第三セクター鉄道です、クーラーが無い、暑いはずだわ。そして、レール幅が狭いからなのか、鉄路・車両が古いからなのか、おもいっきり、揺れます。
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しかし、中々、楽しい電車です、伊勢平野をトロトロゆったり走る風景は、旅心を揺さぶりました。

拙者としては、秋風が吹いて、涼しくなったらお出かけすることをお勧めします。

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三岐鉄道北勢線の旅

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ローカル線ナローゲージの旅の続きです。近鉄四日市に戻って、お昼を済ませました、もちろん、本日は電車旅につき、大好きな「生チュウ」もいただきました。((笑))で、再び、四日市から近鉄で桑名を目指します。といっても、急行ならすぐに桑名です。
  

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桑名駅から、いったん改札(ここの駅は、近鉄とJRが一体化しています)を出て、ちょっと遠慮がちにたたずむ、三岐鉄道「西桑名駅」へ歩道橋を渡ります。しばらく待つと電車が入ってきました。やはり、ナローゲージ(狭軌)につき、ゆっくりコトコト走っています。みんなが乗車するまで写真を撮って、電車に乗ると、なんと、心持ち”涼しい”、そう、この車両は一応、旧式ながら冷房が付いていました、、、もちろん、利きはあまり期待しないでくださいね。全線踏破をしたかったのですが、なんせ、終着の阿下喜(あげき)までは片道1時間、ちょっと所要時間が苦しいので、途中の「七和」で下車、しずかな田舎町の無人駅の島型ホームで拙者一人で、ポツンと蒸し暑い中、台風の余波の風を楽しませていただきました。

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もちろん、折り返しの電車は、クーラーなんぞは、付いていませんので、窓全開の車両でした。

重ねて申します、ナロゲージの旅は、秋風が吹いて涼しくなった頃がお勧めです(笑)

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名松線(めいしょうせん)の今を探る

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久しぶりの廃線紀行です。仰々(ぎょうぎょう)しいタイトルですいません、中身は無いです。  w(゜o゜)w

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伊勢奥津手前の踏み切り        ひつ駅 

ブログ「山の辺短信」は、基本的には奈良県桜井市を中心に県内の名所旧跡を題材に取り上げるのですが、たまには、奈良県を飛び出して、近辺の話題も掲載します。しかし、バイクという起動力を、最近、手に入れてから、行動範囲が広がり、今回も三重県と奈良県の県境、伊勢奥津までの小旅行の報告です。

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伊勢鎌倉駅               美杉ビレッジ

名松線はJR東日本のローカル線です。 当初は、名張と松阪を結ぶ計画で、いづれは、拙者の町、遠く桜井市への延伸も夢見られていたらしいのです。

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  八駅           現在の終点家城(いえき)駅

ま、しかし、三重県の中核都市「松阪」から「名張」までの当初の計画も手前の伊勢奥津駅までしか達成されず、名張駅までの当初計画はおろか、桜井市までの構想は、近鉄大阪線(大阪~大和八木~桜井市~名張~松阪~伊勢/名古屋)が出来ちゃったことから、はかない夢と消えました。

おまけに、2009年10月8日の台風18号の被害により、終点の伊勢津ー家城駅間がバスによる代行運転となっていますが、この区間も、再び、電車が走ることは、はかない、叶うことの無い夢なのでしょうかねえ、、、、、。

でも、今回行って見て思ったのは、まだまだ、電車は十分走れそうな状態なのです(素人判断、、、)。運休前は、平日で1日5~6往復程度の、いわゆる超ローカル路線、コスト議論はわかりますが、復活を期待したいですね!!!

2_9家城駅から運休区間を見る

現在の運行状況
松阪   ←→   家城(運行中)
家城   ←→   伊勢奥津(いちおう運休、バス代行運行)
伊勢奥津←→名張(計画頓挫)
名張←→桜井(はかない夢に終わる)

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大仏鐡道跡を歩く…

シルバーウイークも後2日、ごろ寝を決め込んでいた小生ですが、知人のM尾、M村両氏のお誘いで、廃線跡を歩くことに。
いつもは、昼過ぎになると近くの、日帰りか温泉か、蕎麦屋を探す小生ですが、出発も遅かったことから、お弁当を自作でお家をでました。

Photo 集合場所はJR奈良駅、徒歩のみにて京都府のJR加茂駅を目指します。最初の遺蹟は「大仏鉄道記念公園」です。

Photo_2 行程はアップダウンの連続する丘陵地帯、明治時代の蒸気機関車がよくもこんなコースを走ったものです。
黒髪山トンネル跡です、今は、トンネルもなく自動車がビュンビュン走ってます。歩道あたりに線路があったのでしょう。

1  京都府(木津川市)にはいると風景は様変わり、のどかな風景が続きます。遺構もところどころに残っています。

2 昼食は関西線(大和路線)鹿背山トンネル入り口付近でとりました。M尾君のデジカメで撮影。高性能デジカメはいいなア、タイミングがとりやすいのでしょうね。。。

Photo_5 観音寺アバット(橋台)…向こう側の橋が架かっているのが現在の関西線(大和路線)です。一時期らは大仏鉄道と併走していたのがわかります。

Photo_6 Photo_8 加茂駅構内に残る「ランプ小屋」明治30年の標章が貼り付けてありました。今は使われていないようです。

Photo_9 大仏鐡道・・・JR関西本線の前身である「関西鉄道株式会社」が、名古屋から 大阪への連絡を目指して「加茂駅」から現在の「奈良駅」の北約1kmの地点に 作った「大仏駅」との間を結ぶ、距離約8kmの路線の通称だそうです。
 「大仏駅」の開業は明治31年だそうで、伊勢方面や名古屋方面等 からの奈良の大仏参拝客が大勢利用したそうです。 翌年の明治32年には念願の大阪鉄道の奈良駅への延長・乗り入れが実現し大阪への交通の便も大幅に改善されたようです。 

 しかし、その後、奈良線と片町線、加茂から木津間が、「木津駅」で結合されたことから、大仏線は明治40年に廃線となったそうです。運用期間は9年という短いものであったようです。

大仏鉄道の研究会HP・・・詳しいですよ
http://www.eonet.ne.jp/~daibutu/

※ 余談ですが、、、M尾君が・・・加茂駅前で見つけたお店です。「ハッピー カモ」何のお店かわかりませんが、パチンコ店なら ブラックジョークで、、、すよね。

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五新線を知ってますか

昨日の栄山寺の続きです。

未成線という言葉を知っていますか。未成線(みせいせん)とは、構想や計画、または建設の段階で中止され、実現しなかった鉄道路線のことだそうです。廃線跡と同様に、未成線跡を探訪する鉄道ファンもおられるそうです。

未成線―――奈良県にもあります。そう、幻の五新線(最終目標は、海の無い奈良県の五條市から太平洋に面した新宮市までの、紀伊半島の山の中を縦貫させる計画だったそうです。)それも、かなり工事は着手されていたようです。

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数年前に友人(いずれも同世代のおじさん連中です…)と、JR五条駅から城戸(じょうと)まで工事後を歩いてみたことがあります。
計画予定地はバス専用道路となっていました。その際は、専用道路をそれなりの本数の奈良交通のバスも走っていました。城戸から五条までの帰りはそのバスにも乗って帰ることができました。

最近は、バスの便数もかなり減っているとのことで、交通機関(JR和歌山線が便利です)と徒歩ではかなりの時間の確保も必要ですが、今回は(栄山寺のついでとはいえ時間は遅かったのですが、)車での移動でもありチョットだけ足を伸ばしてみました。……もちろんバス専用道路は車では走れませんので、側を走る田舎道や国道168号線を走ることになりました。  ちなみに私の職場の同僚に若いときにバイクで専用道路を走ってバスと遭遇したという迷ライダーもいますが・・・。

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国道24号線を和歌山方面から橿原方面に走るとかなり朽ちたコンクリートの構造物が見えます

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軽自動車の向こうは、吉野川(紀ノ川)五条駅からの線路予定地はいったんここで切れます

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橋脚に銘板が張られています

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国道168号線を南下、県立五條病院を左手に過ぎるとすぐにバス専用道路の入り口に、ここから五新線の線路予定地が始まります

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バス専用道路の手前の高架(国道168号から)

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バス専用道路を進むと農村風景画始まります。その、田畑の中をまっすぐに五新線の予定地が、一般道路との交差部分には、鉄道の遮断機のような後が、電車は一度も走ったことがないのに・・・・・・

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国道168号線を潜るトンネル、このあたりから山間部に入ります。以前友人たちと歩いたときは、それなりのバスの本数もあり、トンネル内も真っ暗闇でしたので、バスのダイヤを見て安全を確認し、懐中電灯が無ければ怖くてトンネル内を歩けませんでした。

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下の橋脚が五新線跡のバス専用道路です(国道168号より撮影)

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国道168号線のトンネルを抜けると「賀名生(あのう)」に出ます。写真は賀名生皇居跡(堀家住宅)といい南北朝の時代の歴史が記されています。(バス専用道路を歩くと、ここへよるには・・・チョット・・・わかりません)

【メモ】

賀名生(あのう)は、五條市(旧吉野郡西吉野村)にある南北朝時代(吉野朝時代)、南朝(吉野朝廷)の首都となった地域の一つ。もと「穴太」(あなふ)と記したが、後村上天皇が皇居を吉野からこの地に移した際に、南朝による統一を願って叶名生(かなう)と改め、さらに1351年(正平6年、北朝の観応2年)、いったん統一が叶うと(正平一統)「賀名生」に改めたという。その後、読みを「かなう」から原音に近い「あのう」に戻したとされる。

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奈良交通バスの終点「城戸(じょうと)」です。バス専用道もここでおしまい。

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ここより後ろ(方角は南かな???)が新宮方面になりますが、バスでも徒歩でも行くことはできません。

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トンネルの中も見ますか?

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何か、こんな小さなトンネルの中を電車(機関車)が走れたのでしょうかねえ・・・?

今回は、栄山寺のついでに駆け足で訪れた五新線跡(アッ、未成線か)ですが、城戸より新宮側にも遺構は残っているそうですのでいずれは探検したいとは思うのですが・・・

【メモ】

五新線(ごしんせん)
奈良県五條市のJR西日本和歌山線の五条駅と、和歌山県新宮市の紀勢本線新宮駅を結ぶ計画だった旧日本国有鉄道(国鉄)の鉄道路線(未成線)。五条駅 - 五條市大塔町阪本を先行開通させる予定だった

かっては、五条 - 城戸間は国鉄専用道路として国鉄バスが運行していたが 並行道路の改良が進み専用道路の優位性がなくなり 2002年10月1日にJRバス(国鉄)は撤退現在は、自治体の委託で奈良交通のバスが運行

【以下は、地元の五条市役所のホームページから引用させていただきました】


 明治末期、五條市から十津川をつたい新宮市までを結ぶ「五新鉄道」の建設熱が高まりました。昭和12年(1937)から着工され、吉野川横断の橋脚、生子トンネルの貫通まで至りましたが、太平洋戦争が始まり資材不足等の理由で、工事は中断されました。戦後、工事が再開され、昭和34年(1959)に五條-城戸間の路盤工事が完成し、軌道敷設等の工事を残すのみとなりましたが、経済社会情勢等の変化によって、五新鉄道の夢は叶うことなく中断されました。
 現在、跡地の一部は路線バス専用道や、宇宙のなぞを解明する研究所「大阪大学コスモ観測所」として利用されています。また、平成9年(1997)にカンヌ映画祭カメラドール賞(新人監督賞)を受賞した河瀬直美監督の映画「萌の朱雀」は、五新鉄道と西吉野村の雄大な自然等を物語りの素材にしています。 2008年3月から上映された映画『花影』のロケ地にもなりました。

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